川柳について あれこれ VOL3

◎伝統と革新

句会では、「伝統句は五七五の定型を守っていて、判りやすくてユーモアがあるのが多い」「革新句は七七五や五五七などちょっとリズムが違っていて、ぱっと見て意味がよく判らないものが多い」などという意見をよく聞く。その後大体「私は伝統句のほうが好きです。」と続くのであるが、本当だろうか。
本質は形ではなくて、作者の事象に対するスタンスではないか。
私の経験から言うと、伝統という中に括られるものは「人間の日々の暮らしの中にある瞬間を見つめ、そこにある普遍性が持つおかし味・ものの哀れなどを発見する作句姿勢、および方法論」の事であり、革新という中に括られるものは「人間の存在そのものへの探求、己をも含めた内的世界への探求、そこから生まれる感情を川柳という形式をもって表すという作句姿勢」であり、いわば川柳という短詩形体の表現の可能性を模索する作業でもある。したがって句の形態で伝統、革新を語ることは出来ない。

ほとんどの川柳作者は、初め伝統的な方法論を取りながら作句をし、そして革新的な作句スタンスに入る、その後また伝統的なものに戻り、また革新的な考え方に入る。これを繰り返しながら自分自身の表現スタイルを確立していくものだと思う。
2004年09月


◎句会川柳

句会川柳とは何か。

これは簡単な事で
「句会で抜ける(選ばれる)ために作られた川柳であり、句会だからこそ抜ける川柳である」
句会とは課題に対して出席者が句を詠み、それを選者が選考し発表する(披講)会である。発表された時点で作者は名前を名乗る(呼名)。これが興奮を呼び句会へ出席するモチベーションにもなる。
初めは作句することに意義があるのだが、そのうち、選ばれる事に意味が生じてくる。
そして終には選ばれる事、選ばせる事が目的になってしまう。課題に対する自分の思いよりも、選者への傾向と対策が重きをなしてくる。
「自分の好みと違っていても選者に合わせて作ろうとするのは何故ですか? 」
という問いへの答えはここにあるのだ。

目的が作句ではなく抜句なのだから。
2004年09月


◎川柳の種類?

句会へ行き始めたり、柳誌を取りはじめて少しすると、
川柳には「革新」と「伝統」と呼ばれる二つの種類があるように思えてくる。私が始めた頃もそうだったが、最近始めた方々にとってもそうらしい。
大抵の方がサラリーマン川柳や新聞の時事川柳を見て、「川柳とはこういうもの」というイメージを持って句会へ参加される。そこで、考えていたのとはちょっと違うなと気付かれ、止めてしまう方もいれば、それが何なのか知ろうと一生懸命勉強される方もいる。

こんな質問を受けたことがある。
「伝統・革新と分れているのなら、何故別々に句会を開かないのですか? 」
「 あの選者さんは革新系だからこういう風に作ろう、とか、この選者は伝統系だからこう作ろう、等と自分の好みと違っていても選者に合わせて作ろうとするのは何故ですか? 」
「二人選などで革新の選者と、伝統の選者を並べて出句させればいいと思うのですが」
「絵画などでは方法論が違えば表現がまるで違うのに、句会でそういうカラーが出ないのが不思議なんですが」

全く尤もな質問である。

答えになるかどうか、実をいうと、句会には句会なりの「句会川柳」と呼ぶべきものが存在しているのである。(この場合の革新とは政治的信条のことを言うのではない。あくまで表現を模索する方法論の違いによって伝統に対する意味での革新と呼ばれるものである)
2004年09月


◎川柳と号

句会では「披講」と「呼名」のリズムが良いと、句会になんとも粋で、気持ちのいい雰囲気を与えてくれる。
そんな事もあって句会へ参加しておられる川柳家の多くが号を使用されている。

昔は師事した人から一字を貰ったり、一定の志の集団として認識されるような名前を付けたりしていた。
柳樽寺の井上剣花坊の時代は、よく下に「坊」のつく川柳家が多かったが、これなどはそういった理由からであろう。

珍茶坊、飴ン坊、櫻ン坊、
健坊、久坊、渓花坊、光淋坊、
餘念坊、源坊、隆坊、思案坊、

と手元にある古い句集を手繰れば十ページもしないうちに、こんなにも「坊」のつく作家が並んでいる。
(昭和二年発刊、新川柳壱萬句集・川上三太郎編)

「号」については、最近は自分で好きな名前をつけている方のほうが多くなっているようだ。
私の名前の由来を明かすと、昔いろんな名前で投稿をしていた時期があったが(結果が惨憺たる物であったことは前にも書いた)実はこの「帆波」もその当時のもので、途半端をもじって「中戸帆波(ナカトハンパ)」という名前を使用していた。
川柳句会では本名を使っていたのだが、同じ名前の方がおられたことや、大会など出席者の多い場合はフルネームで呼名せねばならず、会や文台の方のお手を煩わせることがあるため「号」を付けようとなり、いくつかのペンネームの中から「帆波(ハンパ)」を選んだのである。
始めのうちは投句専用で使っていたのだが、そのときに投句を受け付けてくださっていた故・西村九千坊さん(故・西村在我さんの弟さん)から「ハンパというのは呼名時に余りにも格好が悪い。会場で聞いている人も不愉快になる。だから私は代返でホナミと呼名してあげているので、これからはホナミと読むようにしなさい」とのご指摘をいただき、それ以降「帆波(ホナミ)」として現在に至っている。
2004年09月


中途半端をもじった「中戸帆波(ナカトハンパ)」を川柳の号に使おうと思ったのは、まだまだ句会へ出席するほどのものではないと言う気持ちと、句会報でもフルネームではなく名前だけが句の下に載るので、男女の性別、年齢、なんと読むのか一瞥では判らない、そして文字の感じが柔らかそう、と言う理由で「半端」の当て字の「帆波」を使うことに決めたのであった。

実を言うと何度か「帆波」を変えようと考えたことがある。

川柳界、川柳句会を知るにつれて、私の号の命名の動機が余りにも不純だったと気が付いたからである。
川柳界でサラリーマン川柳が批判される場合、句の内容以上に取り上げられるのがふざけた「号」についてである。とくに、号を読まなければ句意の理解が出来ないようなものでは川柳とは呼べない。

例えて作ってみるが

接待の席は課長と同じ席  (部長代理)

これでは作句の度に号を考えることになる。
これでは全くの匿名であり、そんな匿名性から生まれる川柳に、社会の中で独立した「個」である作者自身の思いを、どれだけ乗せることが出来るだろうか。
句は作者であり、号も作者である。
そのことに気づいた時、私は「帆波」の由来を恥じた。
2004年09月


「帆波」を変えようかなと考えた時には、もうすでに多くの柳友の方々が私を帆波として受け入れてくださっていた。川柳の良いところは、どこのどんな句会でもオープンなところだ。着倒簿に記名をし句箋を受け取れば柳友なのだ。師匠も弟子もない。

競吟は結果が全て。句箋へ苦闘し、披講に耳をそばだて、呼名の瞬間に心を躍らせる。柳誌は求めれば誰でも購読が出来るし、投稿が出来る。
自分の句がどのように評価されているのか、柳誌の封を切る時の心の昂ぶりは何年川柳をやろうと変わりはない。
そんな川柳の魅力を考えたとき、その川柳に受け入れていただいた「帆波」を簡単には変えられないなと感じた。


◎柳歴について

勉強界や講演で巨匠と呼ばれた川柳人の話題が出ることがある。川柳の歴史の項目を参考にしていただければ分るが、昔の川柳家は押並べて若い頃(十代・二十代)で川柳を始め、句会で活躍していた方が多い。現在でも第一線で活躍されている方々は、やはり十代・二十代で始めておられる。
日川協でもジュニア部門を設け、若いうちから川柳に触れて貰うことに力を入れている。
これは良いことなのだが、最近は特に五十代、六十代で川柳を始めたいという人達が増えてきている。
当然、新人教室でも高齢者の方々が圧倒的に多い。
そこで、生意気ではあるが、指導者の方々にお願いがある。

柳歴を中心とした話を、あまりお話にならないでいただけないだろうか。「昔の人はみんな十代からやっていました」と聞かされても、五十代、六十代で始めようと教室に通われている方たちはどうしていいか解らなくなってしまう。「先生、私もう六十年も生きちゃったんですけど」なんて突っ込みを入れられる人ならいいのだが、「死ぬまでやっても他の人の柳歴には届かない」なんて、寂しい捕らえられ方をしないとも限らない。
現代川柳には「自分を詠む」というスタイルがあるのだから、五十年生きた人には五十年分の、六十年生きた人には六十年分の思いのこもった句が詠めるはずなのだ。
私は、何歳から川柳を始めようと、その人の年齢がその人の柳歴であると考える。
2004年09月


◎内容の川柳性

「川柳だと作者が認識しているなら川柳である」的な事を聞かれたことが多いと思う。
なるほどそういうものだと、単純に理解しても差し支えない言葉だと思うのだが、これは「何かと比較して、作者が川柳である」と認識しているのか、「その内容に対して作者が川柳だと認識するにたる何かがあるから」なのか、どちらなのだろう。

詩や短歌、俳句など短い日本語で表現するジャンルは幾つかあるのだが、そのどれでもないから「川柳」という単純なものなのだろうか。
問題は、その概念を具体的に説明できるのかとどうかということだ。



「人の数だけ川柳がある」「人生のどの瞬間にも川柳がある」ということを、書いてきた。つまり「川柳の概念」も「人の数だけある」ということである。
これは物事を川柳に詠むとき、その人なりの見方で、その人なりの川柳感で、作句するということである。それを他者が読んだときに「川柳性」があるかないかを判断されるわけだが(抜句という評価とは違う)、そこには一般に信じられている「川柳」というカテゴリーのストライクゾーンが必ず存在しているはずである。そこへ「直球を投げる」のか「変化球を投げる」のか、また「インコースを狙う」のか「ボールになる球を投げる」のか、そこに作者の川柳の方向性があるのではないか。
当然読者というバッターは「ボール」は打たない可能性が高い。しかし、中にはボールを打ち返してくる打者もいる。現代川柳というものは、辞書にあるように数行で説明できるものではないのだ。私が「発句動機」を大事にしたいと考えるのは、川柳の大地があまりにも広大だからに他ならない。



日常生活の中での「発句動機」と、句会での「発句動機」は、重なる部分もあるが、何度も句会へ出席していると、段々距離が開いてきてしまう。

「川柳の概念」が「抜句の概念」になり、「人の数だけある」ものが「選者の数だけある」ものになる。
ストライクゾーンが、「世間一般に信じられているもの」から「選者の選考傾向」になっていく。
発句動機が「日常生活における視点」から「抜句傾向の対策」へと変化していく。
「川柳」は、その程度のものでいいのか、まだ先があるならそれを見てみたいと考えるのか、人それぞれだと言ってしまうのは、勿体無いと思うのだが。



私は詩や短歌・俳句は作らない。それでも新聞や雑誌などで読むことはする。その時に作品から受ける印象や感情と、自分の目を通して雑感として作る句から受ける私自身の印象や感情は、違う部分が多い。句を中心に広がる、印象や感情の方向が違っている。自分を軸においての、対象との相対的な距離が違うといってもいい。
これは結果としての現象ではなく、最初から意識してそう作ろうとしている。そして、その意識の中に「詩や短歌・俳句だとこうなるのだろう、だからそのようには作らない」という比較をする意識は無い。
「川柳」を作ろうとして「川柳」を作っている。
では、私は「川柳」をどういうものだと認識し、理解し、具現化しようとしているのだろうか。「内容の川柳性」を考えようとしたときに、形にすらなっていない朧なイメージが目の前に現れてきた。



よく見かける標語に

飼い主が始末しましょう犬の糞  作者不明

というのがある。句体は五・七・五り十七音字であるが、これを「川柳」と認識する人はまずいないと思う。次は拙句だが

芸のない犬が美人にまで吠える  帆波

私は、犬どころかペットは何も飼ってはいない。しかし、今まで見た風景、聞いた話などから、この句を書いた。自句の解説は野暮だが、この句で私は、「その状況下における飼い主(男性)の心の動きと、その場における表情と心のギャップに面白さを感じ、その人間味を表現しよう」としたのである。

先の標語との大きな違いは、言葉で表されている事象の時間的長さと深さにある。

○○は○○です。○○してください。○○しましょう。
は報告であり説明であり指示である。

句はそうではない。
○○のように読んでください。という意思をそこに用意することによる、意味の限定を排除することによって、読み手の想像をかき立て、そこに人間の面白さを表出させようとするものである。これは、行き過ぎるとたんなる「呟き」になったり、「路面に小石を見つけた」的な、詩的であり哲学的ですらある、時空を共有できる読者のみが理解できる作品を生んだりもする。
しかし、その状況において、そのような「作品」を「川柳か否か」と判断することはナンセンスではないだろうか。
発句動機が「目・耳・体」で感じ取った外界からの刺激によるものであり、そこにある種の「面白さ」を発見し表現しようとした時点から、標語と川柳の存在性の違いが始まるのではないかと思う。



内容の川柳性を考えていくと、「句会」と「公募」の違いに気がつく。句会はある程度意味が限定された「課題」が与えられていることが多いが、公募(マスコミ・企業など)の場合は「課題」というよりも「テーマ」として概念が与えられていることが多い。
「何々にまつわる川柳を募集」というパターンだ。
そして「公募」の方が句会に比べ遥かに選ばれ難く、出句数も数倍から数十倍も多い。また、選考者と作者、読者が重なっている部分が少ない。句会はその多くが、選者も他の課題への出句者であり、参加者は選者が読み上げる抜句の読者・聴視者でもある。
このことは、選出され活字として発表される川柳の内容に大きな影響を与えているように感じる。



世の中が認識している川柳と、句会などで競われている川柳はどこがどう違っているのだろうか。



図に描いたように、「句を作る」という行為にはまず「発句動機」が存在する。
作者の五感に取り込まれた外界の出来事。
それに対する「穿ち」であったり、「おかしみ」の発見であったり、強い思いであったりする。
その動機を「技法」(軽味・比喩など)を用いて作品に仕上げていくのであるが、仕上がるまでに何度かの自己評価がなされていく(フィードバック@)。
出来上がった作品は出句され発表される。句会ではその前に選者の評価を経ることが求められる(フィードバックA)。
中には互選という読者の評価があったりもする(フィードバックB)。
またこのAとBは、作者の自薦を含むあらかじめ何らかの評価を経た作品に対してのものであったりもする。
そのフィードバックから作品のもう一段の推敲や、新たな作品を生む動機、技法の習得につながっていく。


                             
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